昨日の風呂上がりと今朝の散歩

「昨日の風呂上がり」
先に出た私の足下へ近寄ってくるトワが、足についた雫を舐める。喉が渇いているのなら、サークルにある水を飲めばいいのに、何を好きこのんで足についたお風呂の湯を、しかも私の。

しつこく足を舐めようとするトワを制しながらようやく着替え終わって、冷蔵庫からビールを取ると、グラスを使わずに缶のまま飲む。テレビの前で炬燵に足を入れ、見入るでもなく画面に視線を投げたまま、ビールを飲む。傍らのトワは五体投地のような姿勢で寝ている。私は彼女に比べてトワに厳しく接しているので、私だけのときはおこぼれに預かれないのを身に染みてわかっているということの現れだ。

続いて出てきた彼女が私がビールを飲み干したのを見て「まだ飲むの?」と聞くから「ビールはもうよそうと思う」と答えると「あらそう」とすぐに返事が来た。飲みたいけど1缶じゃ多いということだ。残りを私が平らげることにして新しく缶を開け彼女の分をグラスに注いだら、とてもおいしそうに綺麗な泡ができた。

朝刊の広告をふたりで見る。今朝、トワに囓られたアンテナ線を買いに行ったホームセンターで入浴剤のセールをしていたらしい。見逃して悔しがっている間、まったく無意識のうちに彼女が飲むグラスのビールを飲み干していた。それをあっけにとられながら眺める彼女。飲み終わってから「あ」と声を出してもビールは戻ってこない。申し訳ない思いでもう1缶開けて注いだ。実はその後もう一度同じことをやりそうになったが、グラスを持った時点で気がついてそっと降ろした。
そんな目でおれを見るな、彼女。黙ってないでなんか言ってください、辛くなるから。


「今朝の散歩」
今朝もトワを連れて朝のお散歩。「朝の」と付けると夕方にも散歩へ連れ出すように思われるが散歩は朝だけなので、「朝の」は要らない。

いつものコース、折り返し予定地点にまだ遠い国道は通勤渋滞。突然トワがぴたりと足を止めて、一向に動こうとしない。普段なら無理矢理引っ張ればすごすごとついてくるのに、今朝のトワはことさらに頑固者だった。どうしても前に進もうとしないので、飼い主は諦めて別のコースを歩くことにした。歩きながら飼い主はふと思った。
「いつものコースにこの先事故が起こることをトワは予想していたんじゃないか?」
まるでアンビリーバボーな展開を妄想しつつ、迂回ルートからいつものコースへ戻ってみても、そんな事故は起こっていなかった。

自宅近くの中学校まで戻ってくれば、おりしも通学途中の生徒たちの波に紛れる。前を行く数名の女子たちの声が姦しい。
「お前○○しただろ?」
ちょいとそこ行くキミ。仮にもキミは女子の風情でいるのだから、言葉遣いにはもう少し気を遣ったほうがよかろう、などと、絶対口には出さずいつもの妄想を始める飼い主は、ふと違和感を覚えた。
この地に居住する若い衆なら、この地の訛りで
「あんた○○したらー?」
と喋るはずだ。さては異国の者か? などと妄想は果てしない。

テレビやネットの影響だろうか。方言の地元で方言を喋る若者が減り、いっぽう都会では方言で話す流行があるという。地方の風土が霞んでゆく瞬間をかいま見た気がしたが、これも妄想の一部かもしれない。